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閃きの確度上がる?

こんばんは

紅です。

 

今朝は暗いうちから電車に乗り、バイト先である結婚式場に向かいました。

乗り換えで電車を待っている時に

ふと

閃きました。

 

「私がやりたいこと」

がもう一つ立ち上って来ました。

 

それは、最近起きた新しい体験の延長線上にあり、何かと何かがつながった瞬間という感じ。

 

今までは、問題解決のために何かを探し求めている感じだったのだけど。

 

やりたいことができ始めたからかもしれない。

人の好意や応援に恵まれたからかもしれない。

 

閃きの確度が上がったような・・・

 

ライフワークが見つかったような。

 

死を迎えるまでにやりたいことの焦点がしぼられたという感じ。

 

でも、その後の今日はというと

敵意帰属バイアス

を地で行っているような気持ちが湧くことに気づいた。

他人の行為に悪意を感じている自分を見つける。

「私は自信がないのか?」

 

たぶんこんな気持ちは誰にでも起こること。

軽度の敵意は誰の胸にも湧く。

理由があればなおさら。

これは正常反応の範囲じゃないかな。

 

『Give &Take』アダム・グランド著

という本の説く

「ギバー と テイカー」

という考え方を自分に当てはめてみる。

イカーではない。

たぶんギバーの低成績者だったんだと思う。

 

イカーを排除することは有効なことだと氏は説いている。

 

イカーを認定し、排除の行動を始める・・・

この課題がうまくできなくて

人を排除することで自分の手を汚したくなくて

「その人がテイカーであることを認めない現状」

「でも、その人がテイカーであることを薄々気づいている自分」

その対立がもやもやしているみたい。

 

人はいいところもあるし悪いところもある。

いい人の時期もあるし悪い人になる時期もある。

だから人を切り捨てない。

というのが私のモットーだったんだ。

 

もちろん、去っていった人もあるし排除した人もある。

その理由は

仲間を傷つけたから

というのが私のルールだった。

 

だけど、うまいこと立ち回って人から搾取する人間を、

場面が変わると調子のいいことを言って一貫性のない人を排除することは考えていなかった。

 

それも自分の弱さなんだなと。

人に敵意を感じることがあっても人並みと思う。

人を排除する自分を肯定できる強さを持ちたい。紅