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令和の日本で着物を楽しむには? キモノ処分ゼロを目指しています。

羽織の衿くけ と 着物の思い出

こんにちは

羽織の衿をくけるのに4時間もかかってしまった紅です。

 

途中、自分の顔が下に下がって唇が尖ってしまうのを感じました。

 

「楽しく」

は無理でした。

ちょっと苦行・・・

 

人生にはそんな時間も必要なんだと。

 

昨日はボランティアで寒い環境に拘束されていたため

(この季節初のブーツを履いて正解!)

帰宅後、右のリンパが腫れているのに気づきました。

炎症を止めようと普段飲まない薬を飲み、今日は1日家の中で過ごすことに。

 

羽織の衿くけをして正解でした。

羽二重は手強い。

 

もう、他に何もやる気がおきません😿

 

こんなふうに着物とともに日々過ごしている紅です。

令和の時代には圧倒的な少数派でしょうね。

 

仕事を始めたきっかけは以前書きました。

 

着物とのご縁の始まりは

そういう時代だった

ということでしょうか。

 

お正月にはまだ晴れ着を着る習慣が残っていました。

着物を着せてもらうと

「お父さんに見せてきなさい」

って言われて素直に父のもとに行くと

なんかかんか褒めてくれたような記憶が。

 

10歳からお琴を始めて、毎年発表会があったので

母は毎年、着物を新調してくれました。

 

あの頃は出入りの呉服屋さんが反物を見つくろって家まで来てくれて

着物を選ぶというスタイルでした。

お店の方は母の好みを心得ていて

美しい着物や帯をあつらえてくれました。

 

着物にまつわる親との思い出は

着物や帯の見事さを見るたびに

「愛されていたんだな」

と実感できるいい思い出です。

 

そんな日本の家族のストーリー

今はもう過去のものなんですね。

 

小学生の頃にちょっとだけ通った舞踊の稽古で浴衣を着るために一人で浴衣を着られるようになりました。十代の頃にはウールのアンサンブルくらいは一人で着ていたように思います。

 

でも、私の着物道の本格的なスタートはホームページにも書きましたが

阪神大震災以降になります。

 

orientalwasou-syukugawa.jimdosite.com